書架とラフレンツェ

読書記録メモです。ネタバレがバリバリです。

「何度言っても分かってくれない」を精神医学的に解決する

本当は「自分の機嫌を自分でとる方法」の参考になる本を紹介しようと思っていたのだけれど、違うテーマになりました。でも、「自分の機嫌は自分で直したいが、他人の所為でなかなかうまくいかない」と考えている方の参考になると思います。

 

家族や職場の同僚・上司になかなか自分の意図を汲んでもらえない、何度言っても分かってもらえない、そうしたことがストレスになり、自分の機嫌を自分でとれと言われても難しい場合がある。本稿ではそういう問題に精神医学的に正しい方法で対処するための参考書を紹介する。

人間関係の調整、円滑なコミュニケーションそのものの成立をもって治療法とする精神療法があり、対人関係療法と呼ばれる。わが国では水島広子先生が第一人者で、実のところ「この本読め」でわたしの言いたいことは終わる。

自分でできる対人関係療法

自分でできる対人関係療法

 

よくあるゆるふわで断片的なコミュニケーション本とは一線を画す、精神医学的にエビデンスのあるコミュニケーション改善の方法がその根拠とともに理論的かつ濃密に説明されている。問題の原因となる「貧弱なコミュニケーション」の実例と改善の方法がふんだんに紹介されていて、こんなことまで言語化が可能なのかと驚かされるものもある。取り上げられている事例は

  • 夫婦関係
  • 嫁姑関係
  • 親子関係
  • 職場の上司との関係
  • ママ友との関係
  • やたらとプライベートに踏み込んでくる友人との関係

といった大抵の問題になりがちな人間関係を網羅しており、自分を悩ませる相手との関係に合致したものも見つけられるはずだ。

少し長くなるが一例として、夫に隠れて子供を虐待している母親(イクジさん)と治療者(私)との会話分析例を引用する。

私「お連れ合いは、イクジさんが(虐待で)悩んでいるということを知っているんですか?」

イクジさん「そう思いますよ。私、ここのところ家では笑顔も出ませんから。食欲もなくて痩せたし」(自分の気持ちが相手に伝わったと思い込んでいる)

(中略)

私「先ほど、仕事が忙しいから悩みを聞いてくれないとおっしゃいましたが、聞いてくれなかったのはどんなときだったのですか?」

イクジさん「この前、思い切って『私はよい母親ではないような気がする』って言ったんです(曖昧で間接的なコミュニケーション)。そうしたらまともに取り合ってくれなかったんです」

(中略)

イクジさん「ああ、やっぱりこの人は私の悩みなんて聞きたくないんだな、と思ってあきらめました」(相手の言い分を理解したと勝手に思い込む)

私「そう伝えたのですか?」

イクジさん「いいえ、言っても無駄だと思ったので、何も言いませんでした」(沈黙、つまりコミュニケーションの打ち切り)

同書ではこの会話に続けて

このように貧弱なコミュニケーションでは、イクジさんが深刻に悩んでいるという事実すら夫には伝わっていないだろうということを理解してもらいました。

とある。つまり、綿密に各発語にダメ出しをした上で改善策を提示しているのだけれど、多くの方にとって上記の会話はどこがダメなのか分からないレベルではないだろうか。

同書では自分の言いたいことを誤解なくはっきり伝え、かつその際に相手を傷つけない方法を細かく説明している。また夫婦を含めた家族関係に特化した対人関係療法解説書として以下のものもあるので、「自分のストレスの種は無理解な家族だ」と思っている方には併せて強くお勧めする。

対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係

対人関係療法で改善する 夫婦・パートナー関係

 

詳細はこれらの本にあるが、対人関係療法では家族や配偶者などの「重要な他者」との関係の質を重視し

  • 言語によるコミュニケーション方法の改善
  • 役割期待」という自分や相手への意識的・無意識的な期待を見直す
  • 互いの役割期待のズレの程度を推しはかり、調整する

といったプロセスによって問題を解決していく。

なぜ、何度言っても伝わらないのか?自分の言い方のどこが悪いのか?こんなひとたちと付き合い続ける中で、どうやったら自分の機嫌を自分でとっていけるのか?そうした悩みを持つ場合、水島広子先生の本を片っ端から読んでいくと大いに参考になる。

「怒り」がスーッと消える本―「対人関係療法」の精神科医が教える

「怒り」がスーッと消える本―「対人関係療法」の精神科医が教える

 

 

そもそも対人関係療法って?

対人関係療法については前掲書を読めばわかるが、 ここでも軽く解説しておく。対人関係療法とは多くのストレスの原因が対人関係、それも「重要な他者」との関係にあるとの前提に立ち、それを改善することで各種の精神疾患に対処していく精神療法である。

「重要な他者」とは具体的には家族、特に既婚者の場合は配偶者であり未成年者なら親のことだ。そしてその次にプライベートの友人や親戚があり、最後に職場の同僚など仕事上の人間関係がある。この重要度の順番は原則として覆らない。

以前、会社員のメンタルヘルスに関わっている方たちを対象にした講演でこの図を用いて説明したところ、「この図は一面的すぎる。会社員の中には、もっとも親密なところに仕事上の関係者がいるケースもあるはずだ」という意見が出されたことがあります。私は、「そういう状態がすでに不健康なのです。家族と仕事上の関係者が逆転してしまっていることが、精神的なもろさをつくってしまうのです」と説明しました。

--水島広子『自分でできる対人関係療法』2004, 創元社 (太字は引用者)

この考え方はアドラー心理学における「全ての悩みは人間関係の悩みに還元され、究極的には真の幸福は「わたしたち」の間に築かれる愛をおいてありえない」という考え方と類似している。

幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

 

アドラー心理学に親しんだひとなら、対人関係療法の「重要な他者」概念を理解しやすいだろう。

「自他の課題を分離する」というアドラー心理学のテーマも、対人関係療法における「役割期待の調整」に類似を見ることができる。アドラー心理学の実践編として対人関係療法にアプローチしてもよいかもしれない。