林芳正外務大臣の過去発言に心底驚いたので共有します
迷ったけれど一応読書感想文なのでこちらに。
自民党・林芳正外相が以前、立憲民主党の元衆議院議員・津村啓介氏と共著した以下の本があります。
かたや自民党のエリート世襲政治家、かたや立民の一般家庭出身議員という対照的なお二人が、ご自身のキャリアや職業としての国会議員について率直に語る大変興味深い本なのですが、林外相が執筆されているパートに以下のような文章があります。
二〇一〇年一月二十六日の参院予算委員会。(中略)「公共事業は一兆円の予算を使って一兆円の効果しかないからだめだ」と菅さんが言うので、「では、『子ども手当』の乗数効果は?」と尋ねてみた。「乗数効果」は、投資や政府支出が、最終的にどれだけの経済波及効果を生むかという値である。(中略)「乗数効果」や「消費性向」という用語を知らなかったのだ。
(中略)財務大臣にもかかわらず、経済学の初歩がわかっていなかったのは論外(後略)
林芳正・津村啓介『国会議員の仕事―職業としての政治』中央公論新社 2011 p.203-204
(※中略は引用者による)
この林大臣の証言が真実であれば、自民党は少なくとも2010年の段階で乗数効果の存在を知っており、以後の政策立案と検証は乗数効果を考慮して行われていたということになります。
乗数効果について詳しくは以下の本が分かりやすいのですが、
結論から言いますと、もし乗数効果を考慮して政府支出の使途を決めていたのであれば、自民党は今頃教育分野や医療分野に国債を積み増してでもガンガンお金を投資していたはずです。教育分野の乗数効果は2.4、医療分野は3.6であり、平均的な乗数効果の1.3に比べてはるかに高いからです。
もちろん乗数効果のみが政策評価の唯一絶対の指標という訳ではありませんが、我が国の政府はずっと「選択と集中」や「財政再建」を掛け声に政府支出を絞ってきました。選択と集中をするならば乗数効果の重視は当然ですし、財政再建をしたいならば国家にとっては絶対に勝てる賭けなので、経済合理性があればそうしているでしょう。
しかし現実は……あれ……???
そんな訳で、自民党の皆さんは乗数効果の存在を知らないからああいう政策をやってるんだろうな~~誰か自民党の皆さんにレクして教えてあげてくだされ~~~と思っていたのですが、乗数効果の存在を知っている上であえてこうなんだとしたら、それは選挙において投票先の判断に大きな影響を与える情報です。
とはいえ、林外務大臣のような見識の高い政治家にとっては乗数効果は当然見るべき指標でしょうが、他の皆さんがそうとは限りません。まず、国会ではどれほど乗数効果について議論されているのかを確認します。
以下は国会会議録検索システムAPIから取得した、2000年-2022年の国会発言で「乗数効果」という言葉が含まれていた数です。各政党別におおまかに色分けしてあります。改名した政党は今の名前にある程度直してあります。
「全体的に少ない……!」というのが率直な印象です。一番多かった2010年ですら一年間で50発言しかありません。ほとんど問題にされていない、というのが現実でしょう。その上で、民主党政権期間は相対的に「乗数効果」発言数が増えています。その次に発言数が多いのは2000年-2002年ですが、この期間はどちらかと言えば民主党の方が若干多く発言していたようです。
なお、当該期間全体での政党ごとの「乗数効果」発言数は以下の通りです。
自民党と立憲が圧倒的に「乗数効果」を話題にしています。この2党に比べたら他の政党は誤差の範囲です。
ただそれにしても22年間で100回程度しか話題にしていないということは、自民党も立憲も共に「経済学の初歩」など問題にしていないということになるかなと思います。
さて、国会議員の皆さんがそれほど乗数効果に関心がないと分かったところで、官僚の皆さんはどうかを調べてみます。我が国で政策評価を行っているのは財務省ですので、きっと乗数効果も確認しているはずです。
財務省には財務総合政策研究所という機関があり、こちらで政策研究を行っています。
例えばこちらで『ファイナンシャル・レビュー』というそのものズバリな論文誌を刊行しております。刊行は年3回、1冊につき大体6本程度の論文を掲載していますので、1年間の掲載論文数は18本になります。2000年-2022年の間の掲載論文数は約400本程度ということになりますね。
フィナンシャル・レビュー : 財務総合政策研究所 (mof.go.jp)
他にも同研究所では数々のレポートを発行しておりますので、これらの中から「乗数効果」に言及した記事数を調べれば関心の度合いが分かるかと思います
早速調べてみますと、当該期間に乗数効果について言及された記事は48件でした。す、少ない……!財務省にとっても乗数効果は大した関心事でないと分かります。
以上の通り、大変残念ですが乗数効果を経済学の基礎であり初歩的な検証事項であるととらえているのは、自民党内でもおそらく林芳正大臣くらいであるということが分かりました。林大臣におかれましては、菅直人氏を詰める前に自党の皆さんに早急に経済学入門セミナーを開催し、基本的な政策評価手法の啓蒙に努められるとよろしいかと思います。
当ブログでは猛暑の中選挙に参加される皆さんを応援しています。