書架とラフレンツェ

読書記録メモです。ネタバレがバリバリです。

採用で失敗しない、たった一つの冴えたやり方

読む時間がない人向けまとめ

  1. 職務記述書を書け
  2. できるだけそれに近いことをやったことがある人間を採用しろ


承前・職務記述書の話

採用シーズンも終わりかけの頃にこんな記事を書いて申し訳ないが、記憶の生々しい時期の方がいいと思ってさ。


そもそも採用を成功させるとはどういうことだろうか。もちろんそれは、欲しい人材を雇う、ということだ。では欲しい人材とはどのような人材だろうか?

ここで「コミュニケーション能力があって~」「学ぶ意欲があって~」などとフワフワした希望を述べているようでは、いつまでたっても欲しい人材など採用できるはずがない。そもそも現場の各部署と経営層、また人事担当者にとっての「欲しい人材」像はそれぞれ食い違っていることも多いし、もし「コミュニケーション能力と学ぶ意欲がある人材」といった事柄で意見が一致したとしても、その能力や意欲の定義がずれていてはどうしようもないからだ。

日本の多くの企業では、日本で育った期間が長く大学卒業程度の学歴を持つ日本人が大多数を占めるから、みな一定以上の学力は持っているしコミュニケーション上の問題もそれほど発生しないはずだ。しかし現実には、多くの企業が「コミュニケーション能力のある人材」や「地頭のいい人材」とやらを求めて莫大な採用費をつぎ込んでいる。日本ですらこんなに苦労しているのだから、多様な人種やバックグラウンドを持つ海外では一体どうしているのだろうか?


その問題を解決するために導入されている文書が「職務記述書」である。職務記述書とは英語の"Job description"の訳語だ。あるポストに求められる業務内容や責任範囲、必要な知識やスキル、およびそれらの優先順位、更に求人に使用される場合は待遇を記載した文書で、原則として一切の採用活動や労働契約、人事評価がこれに基づいて行われる。もちろんその内容は経営陣や現場の部署を含め、社内で共有されている。また、定期的に見直しが行われ、状況に応じて内容が変更される。
日本ではほとんど普及していないので英語圏の物を一部分抜粋して紹介するが、例えばこんな感じだ。

ITプロジェクトマネージャー(レベル3)

 

【身体的要件】

ここに記載している身体的要件、並びに労働環境は、従業員が本職の本質的な機能において成果を上げるために満たさなければならない要件を代表している。

  • 本職には歩行、会話、聞き取り、手での物や道具の取り扱い、制御、腕や手を伸ばす動作を含む。また、本職には近くや遠く、周辺を見る視覚や、遠近の感覚、物に焦点を合わせる能力が必要である。
  • 労働環境の騒音レベルは大抵適度な静寂が保たれている。

 

【1. 職務概要】
複数の規則や部署を超えたプロジェクトチームの協働や指揮に責任を負う。見積書の作成や契約交渉、契約書の作成、導入管理や外注業者の管理を含むITシステムの調達プロセスに責任を負う。

  • 主要なプロジェクト、およびいくつかの小さなプロジェクトや部署を企画し、組織化し、活動を統制する。
  • 予算的制約の下での納期を保証する。
  • 特定の要求や問題解決のために顧客と対話する。
  • 他のプロジェクトマネージャーやチームメンバー、サポートスタッフを限定的に監督する。
  • 大きなプロジェクトを監督する。

 

"CITY OF BELLEVUE -IT JOB FAMILY DEFINITIONS"
http://mrsc.org/getmedia/EF379D87-87C8-43D1-BCE6-570DA1351925/B44itprojman.aspx

原文はA4で8枚ほどの大作なので全部は訳さないが、腕の曲げ伸ばしについて言及するなどここまで細かく書くのかと驚くほどの分量だ。また、職務の責任範囲においても明確に記載されている。もちろん職務記述書の内容は企業によってまちまちであり、長い企業もあれば短い企業もあるが、人事関連のあらゆる側面において職務記述書が最重要視されていることは確かである。

なお、職務記述書の書き方は英文ではあるが

辺りが参考になる。これでは分からん、もっと詳しく、かつできるだけ簡単に作成・共有する方法が知りたい、という場合は……個別にご相談を承っておりますのでご連絡下さい。有償だけれどな!

とにかく、こんなものを書けといきなり言われてもそんな時間はないし、無理だという気持はわかる。いくら大量の文書を作成したところで、意図の完璧な反映は不可能だから一部分は無駄になる可能性もある。でも、意図の共有努力を放棄するよりかははるかにマシだ。
一説には、新卒の採用コストは一人当たり100万円を超えると言われている。望ましくない人材をうっかり1人採用するたびに100万円が吹き飛んでいくのだ。更にその望ましくない新人のお守を向こう3年ほどやらなくてはならないとしたら、その損失は計り知れない。職務記述書の作成は大変かもしれないし、いきなり経営陣や人事部、あるいは現場を巻き込むという訳にもいかないのかもしれないが、せめて自分の部署内で「こういう人材が欲しいよね」くらいのことはきっちり詰めておいた方がいい。さもないと永遠に「欲しい人材」が具体的に何なのかも分からないままであり、採用方法以前の問題だ。

 

本題・採用方法の話

さて職務記述書により職務の内容とそれに必要なスキルセットが明らかになったとして、どのようにそのような人材を探し出せばいいのだろうか?ビジネスの世界では昔からとにかく「能力」の高い、ベスト・アンド・ブライテストな人材が求められてきており、お金のある大企業やイケイケのベンチャーは大枚をはたいてそうした人間を探し出す方法の獲得に鎬を削り続けていた。

ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?

ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?

 

ビル・ゲイツの面接試験』は、主にマイクロソフトという一つの企業史を通じて、IT企業において如何にして能力の高い人材を検出する努力がなされ、その結果組織がどうなってきたかを活写した作品だ。学歴による判断、数学パズル、fizz-buzz問題、実際にコードを書かせてみる、複数の有能なエンジニアによる面接……すべて能力の高い人間を見つけ出すためだ。そうして採用された人材はもちろん「能力」が高く頭がよく、彼らを採用した企業に対して一定の貢献をしたことは確かだ。

ただ、採用を目的とした能力検出には2つの問題がある。1つ目は「高次知的能力の測定にはコストがかかりすぎる上に精度もイマイチ」問題、もう1つは「そもそも企業は能力測定を目的とした機関ではない」という問題だ。

そう、高次知的能力の測定にはとてもコストがかかる。例えばセンター試験は、各科目にそれぞれ優秀な研究者が総計600人以上招かれて数年がかりで作成する。それでも、センター試験が「本当の英語力」や「本当の数学力」みたいなものを測定できているかどうかというと甚だ怪しい。そもそもそれらの能力は、定義自体が非常に困難なものだ。たった一つの基準で測定できる能力ではなく、複数の能力や知識技能が複雑に組み合わさって構成されている能力だからである。
50m走のタイムが20秒のひとがいたとして、そのひとのスポーツ能力の判定は簡単だ。きっとそのひとは野球をやらせてもサッカーをやらせてもダメだ。じゃあ、50m走のタイムが6秒のひとがいたとして、そのひとは確実に野球やサッカーの能力が高いと言えるのだろうか?それだけでは分からないとして、じゃあハンドボール投げの距離やシュートの精度などを個別に測定していけば、そのひとが素晴らしい野球やサッカーの選手になれるとはっきり分かるのだろうか?
多分、そういった体力テストの結果を個別に足し合わせても、そのひとが本当に優秀な選手になれるかどうかは永遠に分からない。そうなれるという可能性は高まるかもしれないが、それだけでは判断がつかない部分は原理的に残ってしまう。足切りをしある程度以上の可能性を示した後は、どれだけテストを重ねても精度はそれほど高まらない。

「それでもいい、どれだけコストがかかっても能力の高い人間を探し出して採用したいんだ」と言うならば、以下の本が参考になる。現在の能力評価技法の最先端が分かりやすく解説されている。

 主に学校での能力評価を前提としているが、ちょっと考えれば採用時や労務管理時の能力評価にも転用できるものがたくさんある。

「ちょっと待ってくれ、そういうのはバカバカしいんじゃないか?」と思うなら、次の話に移ろう。


この言葉は色んな文脈で発されるが、そもそも「会社は学校ではない」。学校は能力育成を目的とした機関だから、コストをかけて能力評価を行っても当然だ。しかし企業にとって従業員の能力とは利益を上げるためのリソースのひとつであり、それ以上でも以下でもない。たかがリソースの一部分を獲得するためにそれ以上のリソースを費やすなんてアホらしいんじゃないか?もっとコスパのいい方法があるんじゃないだろうか?

クレイトン・クリステンセンは『イノベーションへの解』第7章で「正しい資質を持った人材が適材ではない」というショッキングな主張をしている。破壊的な新規事業を任せるに足るマネージャーは、今まで企業の中で一定の成果を上げ続けていた「能力の高い」人材ではない、という主張だ。

イノベーションへの解 利益ある成長に向けて (Harvard business school press)

イノベーションへの解 利益ある成長に向けて (Harvard business school press)

 

 彼は、人間の能力は今まで経験してきた事柄に依存すると述べる。つまり、あることを以前にやったことがあればそれをやるスキルが一部なりとも身についている、という考え方だ。これは冷静に考えると当たり前の話で、足がとても速いだけで生まれてから一度もサッカーをやったことがない人間よりかは、足の速さは平均レベルでもサッカー部で2年間練習を重ねてきた人間の方がサッカーがうまいに決まっている。能力が高いだけの無知な主人公が初回でいきなりベテランを超えるスーパープレイを見せる、なんてのは少年マンガの世界だけだ。

だからクリステンセンは、今まで安定した組織の中で安定した成果を上げた成功体験しかない人間は、どんなに「能力」が高かろうとも画期的で予測不可能な新規事業を切り盛りするスキルはない、と実例をあげつつ喝破する。それよりかは、少々能力が平凡だとしても、社内ベンチャーに取り組んだ経験のある人間に任せた方がずっとマシだという訳だ。だから新規事業を任せるマネージャーは、能力ではなく経験で選べと主張する。また日本ではお馴染みだが、社内で欲しい人材を育成する場合は、配置転換や出向などでそれに応じた経験を計画して積ませるべきだとも述べている。

ちょっと考えてしまう説かもしれないが、いくつかの小さな企業の経営者はクリステンセンの主張を彷彿とさせる採用持論を展開している。例えば『Joel on Software』では、「 賢くて、結果に結びつけられる 」人間を採用するために最近関わったプロジェクトについて質問したり、その場で考えたことのない問題を解決するよう求めたりしている。これは同社が、必ず結果を出す人材を求めているので、結果を出した経験を探ったりその場で結果を出すことができるかどうかを調べるために行っていることである。

Joel on Software

Joel on Software

 

 また『強いチームはオフィスを捨てる』では、リモートワークでの協業を実現するために、書類選考時点で高いコミュニケーションスキルを求めている。まず、何が言いたいか簡潔に書かれていないフェイスシートは弾くそうだ。また、実際の業務を2週間程度担当してもらい、採用の可否を決める。

強いチームはオフィスを捨てる: 37シグナルズが考える「働き方革命」

強いチームはオフィスを捨てる: 37シグナルズが考える「働き方革命」

 

 上記2社はどちらも、能力そのものの評価というよりかは現実の状況下での行動や経験を重視した採用過程である。そもそも能力は経験によって育成され特定の状況下において発揮されるとするならば、能力と経験とを切り離した評価は究極的にはできない。そして「伸びしろ」としての能力を求めるならば、やはりそれは能力そのものの評価によってではなく「新しいことを学んだ経験」によって評価する方がより手っ取り早いのだ。

『ファスト&スロー』で、ダニエル・カーネマンがかつて設立されて間もないイスラエル軍の幹部候補を選出したときのエピソードを語っている。彼は如何なる能力評価の手段よりも、幹部に必要な適性の存在を示す過去の経験をチェックリストにして質問するというシンプルな方法が最も精度が高いことを発見した。

ファスト&スロー(下) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ファスト&スロー(下) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

 まだ幹部でない軍人から幹部候補を選出するので、幹部をやった経験そのものは問えない。だが、見知らぬ者同士をチームとしてまとめあげた経験や非常時に沈着冷静な判断を求められた経験ならば、ヒラの軍人でも持っている者はいる。

職務記述書があるならば、その職務を遂行するために必要な「経験」のセットを優先順位付きで導出できるはずだ。これは中途採用でも、新卒採用でも同じである。学校とはまさにスキル開発のために計画的に経験を積ませる機関であり、学生が学校で積んできた経験に対しての質問はとても有益だ。採用面接で「学生時代は何に打ち込みましたか?」などとザックリした質問をするくらいならば、自社が真に必要としている経験をちゃんと検出できる質問を投げかけたい。

 

※本稿の続編?として「そろそろ「プログラマー35歳定年説」を徹底論破しとくか - 書架とラフレンツェ」を書きました。「アメリカと違って日本はメンバーシップ型雇用だから職務記述書は向かない」「企業内では人材育成をやらなくていいってこと?」という疑問をお持ちの方はこちらをあわせてお読みください。