書架とラフレンツェ

読書記録メモです。ネタバレがバリバリです。

やる気とモチベーションは関係ない

タイトルは半分くらい釣り。やる気ってのはやる気のことで、モチベーションとは「やる気を起こさせるような刺激、動機づけ」のことだけれど、やる気とモチベーションは「実はそれほど密接には」相関がない、ということで。

本記事は

今後のIT企業における若手の採用と教育について - Togetterまとめ

にインスパイアされてのものだけれど、必ずしもこれに合致した内容ではない。

 

一般的に、ある業務に対するやる気を出すにはモチベーション(動機付け)が必要とされている。動機付けには内発的なものと外発的なものがあって、前者は例えば「プログラミングtanoshiiiiiiiもっと勉強したい!!」みたいなもので、後者は「おちんぎん一杯もらえるから頑張ります!」みたいなものだ。従業員にある業務に継続的にコミットし、スキル向上のために自発的に努力してもらうには、こうしたモチベーション――特に持続力が高く企業側のコスト負担が少なくて済む内発的動機付けが必要、というのが定説で、先ほどのTogetterにまとめられているつぶやきもそのような価値観を下敷きにしているように思える。だから何とかしてプログラミングに興味を持ってもらおう、さもなければ賃金で釣るしかないという話になるんだろうが――

でもそれって本当だろうか?

 

世の中、好きなことを仕事にしているひとの方が少ない。外科医は人体を切り刻みたいからやっている訳ではないだろうし、お巡りさんだって犯罪者とお近づきになりたいからやっている訳ではないだろう。そもそも、その職業に明確な意志の下なりたくてなったひとが一体どれほどいるというのか。これが現実世界というものだ。

しかし、世の中全てのひとが自分の仕事に対してコミットしていないとも思えない。むしろ、自分の「やりたいこと」とは別に、職業上の情熱をもってそれなりに熱心に仕事をしているひとは、下手に「好きを仕事に」しているひとよりもたくさんいるように思える。むしろ「好きを仕事に」しているひとの方がそのためにより潰れてしまうケースだってあるのだ(see also:「「好きなことで生きていく」ことの現実 - 狐の王国」、橘玲残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」)。

 

そう。最初はどれほどその仕事が好きでやりたくて情熱をもってその職業についたのだとしても、色んな事情からその仕事に対するやる気がなくなってしまうことはたくさんある。モチベーションがどんなにあったとしても、ほかの事情でやる気が消えてしまうのであれば、モチベーションなんかあったって意味がないんじゃないか?逆に、モチベーションなんてなくても、やる気が出ることだってあるんじゃないか?

 

このテーマについてダン・アリエリーという今一番セクシーな行動経済学者が面白い実験をしている。この実験は神話の登場人物の名を借りて「シジフォス実験」と呼ばれているが、これはモチベーションのある仕事に対するやる気を意図的に失わせてみるという実験だ。詳細な内容は

 に詳しいが、本を読んでいるヒマがないひとは

こちらのTED動画をどうぞ。何処とは言わないが、シアトルにある某世界最大のIT企業に彼が招かれたときに直面した、200人ものエンジニアたちのやる気を一度に失わせたとある一件について語られている。

 更に時間がないひと向けにざっくりした解説をする。シジフォス実験ではレゴ大好きな被験者にレゴを組み立ててモノを作るように指示し、完成したら被験者の目の前で成果物を解体するのだ。これを何度も繰り返し、どのタイミングでやる気を失うかを調べた実験である。

この実験によって明らかになったことは、やる気を失わせるには単にそのひとの仕事を無視し、徒労に終わらせればよくて、やる気を出させるにはそのひとの仕事を認め「よく頑張ったね、ありがとう!」の一言をかければよい、ということだ。

つまり、どんなに高いモチベーションの持ち主であっても、周りの人間がそのひとの仕事を無視するか、度重なる手戻りによって徒労を重ねさせれば、人間のやる気なんてすぐに消えてしまう。反対に、最初は少々興味のない仕事だったとしても周りの人間がそのひとの仕事を褒め「君のお蔭で助かった、ありがとう」と言い続ければ、やる気は段々と出てくるのだ。

前者は「学習性無力感」と呼ばれているが、この言葉を聞いたことがあるひとも多いだろう。この反対の現象である後者は「条件付け」と呼ばれることが多い。そんな旨い話があるのか?と疑問に思うなら、ぜひ

パフォーマンス・マネジメント―問題解決のための行動分析学

パフォーマンス・マネジメント―問題解決のための行動分析学

 

 を読んでみてほしい。こちらの内容については「誰かを教えることになったあなたへ -IDへの招待 ※6/24追記 - 図書館学徒未満」でも紹介した。実のところ、やる気は持って生まれたものや才能のようなものではなく、学習の結果身についたり身から離れたりするものなのだ。

 

最近の経営学のトレンドでは、従業員のやる気について朝礼の声出しなどで無理にやる気を出させようとするのではなく、人間が元々持っている自然な好奇心や向学心、それから導き出されるやる気をつぶさないようにしよう、障害を取り除く方向でマネジメントを頑張ろうという路線になっている。

経営の未来

経営の未来

 

 人間には元々、見知らぬものに対する自然な好奇心があるものなのだ。それを潰すのはマサカリを振り回す怖いひとであったり、訳の分からぬ理由で仕様を変更させるクライアントだったり長時間残業を押し付ける上司だったりする。負のフィードバックを廃し、楽しいフィードバックだけをしばらく与えていれば、興味はある程度自然に育ってくる、という考え方だ。子どもの理科学習と同じだね!

職場での先輩や上司の心無い一言が如何に負のフィードバックを与えて新人のやる気をそぐかは

あなたの職場のイヤな奴

あなたの職場のイヤな奴

 

 に詳しい。当人たちは早く成長してほしいとのつもりで厳しく接しているのかもしれないが、芽吹いたばかりの双葉を引っ張ったり踏んづけたりしても枯れるだけだ。甘やかせとは言わないが、厳しく接する程度とタイミングは見計らうべきだろう。

 

「後輩/部下の学習意欲がない、やる気がない……」とお嘆きなら、そのことを説諭したい気持やあれを読めこれを読めとおススメしまくりたい気持をグッとこらえて、ちょっとでも何かを勉強してきたり向上が見られたりすることがあったらすかさず「すごい、やるじゃないか!」という言葉をかけてみてはどうだろうか。これはわたしの教師としての個人的な経験だが、いつも新学期が始まる頃から学生たちひとりひとりにこういう声掛けをしており、今のところ9割くらいの打率で3か月以内に居眠り学級を勉強大好きクラスに変貌させられている。「ゲームは子どもを褒めてハメる」理論の応用でもあるが、お試しあれ。