橘玲『タックスヘイヴン』幻冬舎
本著者の十八番である国際金融ミステリ。とは言ってもゴリゴリのハードな金融話ではなくて、主軸となっているのは人間ドラマだ。そんなところも実に橘玲らしい。
古波蔵佑と牧島慧のダブル主人公で、交互に話が進んでいく。二人は高校の同級生で、古波蔵はプライベートバンカー(隠語)、牧島はフリーランスの翻訳者をやっている。性格も住む世界も正反対の二人が、やはり高校の同級生である謎めいた美女の紫帆を媒介に世界を股にかけるカネと陰謀の渦に巻き込まれていくのだけれど、ドラマとしては前作『永遠の旅行者』よりもプライベート……というか小ぢんまりとしている。少なくとも個人が国家を恨んで復讐するとかいうスケールの話ではない。だから物語全体にメッセージ性が薄く、エンターテイメント色がかなり濃い作品となっている。つまり、ただ金融ネタの渦に楽しく翻弄されるだけで、印象に残る感動とかそういうのはあまりない。その意味で読みやすい作品と言える。
物語の骨子をなしている金融詐欺のスキームはなかなか複雑で、いろんな国での関係者がたくさん出てくる。しかしマメに古波蔵さんが今までの状況をまとめて説明してくれるシーンが挟まれてるので、話についていけないということはない。
主人公・古波蔵のハードボイルド度はかなり高い。シンガポールで出会った若い女刑事・アイリスを誑し込み、世界各国の裏社会の人間や検察たちなどと渡り合い、挙句の果ては何者かに銃で狙撃されたりする。当然私生活は謎めいていて性格はニヒル、ブランド物を常に身にまとい、口にするものは煙草とスコッチという絵に描いたようなタフ・ガイで、今時のヘタレな等身大主人公などとは比肩するべくもない。感情移入などはしたくてもできない。牧島は割と普通の?小市民なので、感情移入はこちらが担当している。
ミステリとしてはそう驚くほどの大どんでん返しはない。あーやっぱりねそういうところだよね、というものなので、本格ミステリ好きにはちょっと物足りないかもしれない。ただし427ページのボリュームを中だるみもなく一気に読ませる密度は退屈しないだろう。
個人的にはどこか藤原伊織作品を彷彿とさせた。あと、紫帆さんのヤリマンビッチっぷりには感銘すら受けた。ビッチたるもの、どうせ男を翻弄するならここまででなくてはならないなぁ。