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書架とラフレンツェ

読書記録メモです。ネタバレがバリバリです。

なぜ、お金持に増税してはいけないの?

経済学 社会学

トマ・ピケティ『21世紀の資本』が大人気で、今のわが国では「格差」がホットな話題のひとつとなっている。そして格差を是正するために累進課税を勧め再分配を強化するべきだ、いやそんなことをするとお金持の勤労意欲が下がって国外に脱出してしまうから駄目だ、という二派は、ピケティ本登場以前も以後も長いバトルを繰り広げている。

お金持により重い税を課すのはいいことなんだろうか?悪いことなんだろうか?

それを判断するには一体、どんな材料が必要なんだろう?


増税される側の人間として、お金持本人は一体どんなことを考えているんだろう?
そもそも「お金持」とは一体どこの誰で、どんなひとたちなんだろうか。
どこに住んで、どういう仕事や生活をしているのだろう?

経済学者の橘木俊昭氏と森剛志氏はこの雲をつかむような問いに対して、日本に住む年収1億円以上のひとたち約6000人に直接アンケートを配布しインタビューを申し込むという超直球突撃取材を敢行した。その成果は『日本のお金持ち研究』という本にまとめられている。

日本のお金持ち研究 (日経ビジネス人文庫 ブルー た 11-1)

日本のお金持ち研究 (日経ビジネス人文庫 ブルー た 11-1)

 

 その結果たくさんの興味深い事実が判明しているが、一部を紹介すると

  • お金持の職業トップは経営者や企業幹部で約43%、その次が医師で約16%。
  • お金持の企業幹部のうち約81%が非上場企業の幹部であり、残り19%が上場企業の幹部
  • お金持の90%が既婚者であり、同一の配偶者との結婚生活が30年を超えるひとが多数
  • お金持の3人に1人は東京都民

直感的に納得できるものもあれば、意外なものもある。他にも、お金持の趣味やライフスタイル、配偶者についての踏み込んだ調査もあり、どこか他人の家庭を覗き見するような面白さだ。

ちなみに「年収1億円」のひとを「お金持」とみなす基準は、1USD=100円である場合には国際的に「お金持(ミリオネア)」であると定義される基準なので、これは理にかなった線引きだ。年収1000万円以上のひとも庶民感覚からいえばお金持なのかもしれないが、言及はあるものの本書の主な調査対象には含まれない。

『日本のお金持ち研究』には姉妹編として、お金持の(主に女性)配偶者に着目した『日本のお金持ち妻研究』やお金持の教育・ライフスタイル分析により重点を置いた『新・日本のお金持ち研究』もある。お金持の奥さんはどんなひとなのか?若いモデル美女なのか、それともやり手のバリキャリ女性なのか?お金持の学歴は高い?お金持の親って、やっぱりお金持なの?いずれも、お金持の実態に生々しく迫り興味深い。


……さて税金の話は、同書の第7章に「高額所得者への課税」が設けられている。ここにはお金持に対する国内外の課税の歴史が簡単にまとめられており、1970年代は我が国の最高所得税率が70%だったが、現在では実効税率で42.1%程度に下がっていることなどが紹介されている。

この章の中で、著者はお金持への累進課税反対論を以下のようにまとめている。

  1. 労働意欲や貯蓄意欲にマイナス
  2. 自由束縛論(自分で稼いだお金を自分で使うのは個人の自由であり、国家が取り上げるべきではない)
  3. 有能で生産性の高い人は社会の宝物だから、低い税率で報いるべき

2と3は考え方の問題なのでそれぞれに意見があるだろうから後回しにするが、とりあえず1については客観的に確認できるはずだ。まず、アメリカや日本では税の累進性と労働時間との間に相関はないとの研究結果がある。『日本のお金持ち研究』第7章では、多くの国において、少なくとも成人男子については税の累進性は労働供給にほとんど影響しないと述べられている。

大体、お金持そうな日本人ということで頭に思い浮かべるのは渡邊美樹、孫正義三木谷浩史……といったひとたちだが、彼らが所得税率が上がったくらいで「あーやる気なくなった……俺は休むし貯金もしないわ」と考えるとは思えない。百歩譲ってそう考えるとして、むしろ是非そうしていただいた方が周囲のひとが幸せになるのではないかと思えるレベルだ。『日本のお金持ち研究』でも、仕事==趣味、生涯現役の仕事大好き人間がお金持には多いことが報告されており、税率が彼らの勤労意欲に影響を与えるとは考えにくい。

また「お金持に重税を課すとお金持が国外退去してしまう」という説もあるが、これもデータからは見えてこない。世界で一番高額所得者の多い国はアメリカだが、OECD『格差は拡大しているか』によると、アメリカの税の累進性はOECD加盟国第2位だ。

格差は拡大しているか −OECD加盟国における所得分布と貧困

格差は拡大しているか −OECD加盟国における所得分布と貧困

 

 もし「所得税率の累進性が高い」という理由でお金持がこぞって国外退去してしまうのであれば、今頃世界で最も高額所得者の多い国は累進性の低いスイスやポーランドになっているはずだ。

なお、同書はOECDが世界の「格差」の現状を人口構造や賃金分布といった観点で分析しているほか、政府の現物給付を含む再分配の効果、世代間の資産移転といった側面からも膨大なデータをまとめた一冊であり、世界規模で格差の現状を考える前にまず材料となる基本情報を提供している。

そもそも、多くのお金持がお金持になった理由はその国、その市場にうまく最適化したからだ。お金持がその国から離れてしまったら、そのお金持は富の源泉から離れることになってしまう。
既に稼ぎまくって引退した資産家はどうだかわからないが、少なくとも今まさに富を生み出し続けているお金持は容易にその土地から離れられないはずだ。もし渡邊美樹が税の累進性が高いという理由で日本から出て行ってしまったら、彼はたちまち今ほどの収入を得られなくなってしまうだろう。いや彼が日本から出ていくのは一向に構わないのだけれど。

ちなみに『日本のお金持ち研究』のアンケートによると、お金持自身の気持としては所得税の累進性強化には反対で、比較的逆進性の高い消費税の増税に賛成するひとが多いとの結果が出ている。


さて、最初にスルーしてしまった考え方の問題、すなわち考え方の問題について参考になる本を挙げる。自分で稼いだお金を自分で使うのは個人の勝手なのか?国家はそこに踏み込むべきではないのか?そして有能で生産性の高いひとは社会の宝物だから、重税なんかでいじめるべきではないのか?そもそも、税金とは勤労に対する懲罰なのか?

これらの問いに対して『私たちはなぜ税金を納めるのか』では、世界各国の税制の歴史から分かりやすく税に関する様々な価値観とその発展を概観することで色んな答えを示している。

私たちはなぜ税金を納めるのか: 租税の経済思想史 (新潮選書)

私たちはなぜ税金を納めるのか: 租税の経済思想史 (新潮選書)

 

 「ぼくのかんがえるさいきょうにこうへいなぜいきん!」のアイデアを先回りしてどんどん打ち砕いてくれる一冊だ。素人が思いつくようなことは大抵既にプロによって考え抜かれている、という原則をしみじみ味わえる。また、貧困をなくすには累進課税と再分配しか方法はないのだと思い知らせてくれる。

 

お金持もそうでないひとも、万人が納得する税制や再分配のあり方はきっと存在しないんだろう。でも、 できるだけ多くの立場と情報が集まれば、今よりは少しだけ納得感のある税制になるかもしれない ---- と思いたい。